杉本博司の写真展に行ってきた。
「体験の写真家」と呼びたくなるほど、写真を撮る瞬間から見せる段階までの一連の体験に込められた意味を、そうした写真を通じての体験を徹底的にこだわり抜いている写真家だと感じた。彼の作品の持つモダンな印象は、数学的な完成された美しさへの憧憬であるように感じられた。早速強く印象に残った展示のレビューを書いておく。
観念の形 [CONCEPTUAL FORMS]
数理的3次元オブジェ群。数理模型なのか、それとも彫刻なのか。
性的な感情さえも引き起こす美しい曲線と曲面たち。しかしそれらはいくつかの抽象化された数式を視覚化したに過ぎない。Duchampの「大ガラス」へのオマージュはよくわからなかったが、この空間で感じた共感は、観念を写像化する・実像化するという行為へ向けられたものなのか、はたまた観念自体の完成された美へ向けられたものなのか、問いはつきない。今回の写真展は杉本博司自身が展示全体の空間構成も考えたという。その彼にナビゲートされ、観念を具体化する旅はここから始まった。
海景 [SEASCAPES]
極限までに抽象化された「水」と「大気」。
16の画面は見るものを囲うように一筋の線を引く。水平線。大気と水は一本の線によってどこまでも隔てられる。真ん中に水平線、そこを隔てて上に空、下に海。全てが同じ面構成のため、一見するとどれも同じものかのように見るものを錯覚させるが、実に様々な表情を持つことに気づかされる。一見線画によるミニマルな表現のように映るが、それはしかしながら誰もが知る風景を映したものに過ぎない。我々が見ていると思っているものは何なのだろう。彼曰く、原始人がかつて見た世界を再現できるかという実験だそうだが、その実験は成功したといえる。果てしない水平線への憧憬という形で今なお現代に息づいているからだ。
ジオラマ [DIORAMAS]
どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ。
そんな彼の言葉に、写真という平面的な表現手段では2次元も3次元もそして4次元もどれも等価に扱われるという当たり前の事実を教えられる。それは同時に我々人間がいかにいい加減に現実と虚像の境界線を引いているのかを痛快に示してくれた。予備知識なしで見たので初めは猿人が本物(の人)かと思ったが、後から解説を読んで実は人形とわかる。展示の構成が絶妙。
劇場 [THEATERS]
映画一本分の時間で一枚の写真を撮ったらどうなるか。
彼の純粋な興味はまたひとつの実験へと彼を駆り立てた。映画の開始と同時にシャッターを開き、終了と同時にシャッターを閉じる。映画が上映される2次元のスクリーン、劇場全体の3次元空間、映画が上映された事実という4次元。それらを全て盛り込んで一枚の写真ができあがる。すると不思議なことに空間が繊細さは保ちつつも重厚感を伴って立ち現れ、対照的に中心のスクリーンはまるでそこだけ時空が異なるかのようにざっくりと白一色に発光する。映画を見るという現実的な営みがそれ自体観念的なオブジェとして切り取られる。その様は極めてシュール。われわれは真っ白く発光したスクリーンに何を見るか。
仏の海 [SEA OF BUDDHA]
歴史的建造物である観音様を現代美術的に再解釈するとこうなるのか。
20mほどの長廊下に並べられた観音の連続はまるでテクスチャだ。一体一体職人が手作りした(はず)の仏像が、連続写真という形で反復的に二次元に投影されることによってモダンな幾何模様と化す。そこでは仏一体は図柄の構成要素でしかない。しかしながらその一枚一枚を今度は時間的に投影すると今度はまるで踊っている生き仏かのように立ち現れる(ACCELELATED BUDDHA)。加速する100万体の仏を前に、おもわず一人ニヤケる。
建築 [ARCHITECTURE]
20世紀の偉大な建築に敬意を表して、写真による品質検査を行う実験。焦点の合わない写真が部屋一帯に並べられている。なぜこのような撮影手法をとったのか。曰く、今となっては老朽化した建物の外壁などの劣化が目立ちとてもモダンを表現するに難しいと。また、余計な(全体に影響を与えない)微細な装飾的要素を取り払う必要から。いずれにせよ、そこにあるのは現実には体験し得ない建築の姿だ。モダンな建築のフォルムはまるで頭の中の観念であるかのように抽象的な線画に置き換えられる。この実験の意味は最後になってわかった。出口付近からみるそれらは、紛れもなく偉大な建築だったのだ。
展示のほとんどどれもが印象的で、全体としてかなり良くできた写真展だった。残念ながら、最終日に駆け込みで行ったため現在展示は終了しているが、もしどこかで彼の展示の催しがあれば是非足を運んでみるのをおすすめします。彼は写真集をいくつも出しているので最後に紹介しておくので参考まで。

Sugimoto: Conceptual Forms

Sugimoto

Hiroshi Sugimoto

Hiroshi Sugimoto: Time Exposed

Sugimoto: Portraits (Guggenheim Museum Publications)

Hiroshi Sugimoto: Architecture of Time

Sugimoto: Architecture
- 会場:
- 森美術館 六本木ヒルズ森タワー53F
- 会期:
- 2005年9月17日(土)− 2006年1月9日(月・祝)